カテゴリー: 法話(令和3年)

7月のお便り(令和3年)

【今月の掲示板】

 

“一日一生”

先月末に京都府下の緊急事態宣言が解除されました。ただし蔓延防止措置に移行ということなので、まだまだ油断はできませんね。当山におきましては対面での御朱印授与を再開しております。どうぞ感染対策徹底の上ご参拝いただければと思います。

さて7月7日は「七夕」として知られています。七夕は元来日本にあった盆行事の一環とされ、お盆に帰ってくる祖霊や神々を迎えるために棚づくりをして、乙女が機を織ったことから「たなばた」の読み方が当てられたという説があります。また「棚幡たなばた」とも書くように、仏教行事として祖霊を迎え、供養するための精霊棚と、幡(ばん/はた)が由来とも言われます。この行事と中国の星の伝説などが融合して現在のような七夕の世界観が生まれたということです。

「天の川に住む織姫おりひめ織女星しょくじょせい)と彦星ひこぼし牽牛星けんぎゅうせい)は愛し合いながらも天帝によって引き離されてしまい、年に一度だけは天の川を渡り、出会うことが許された」という物語は日本では最も知られたものではないでしょうか。奈良・平安時代から現代にいたるまで七夕を詠んだ和歌が様々残されており、いかにこの恋物語が日本人に共感できるものだったかが分かります。

また七夕の季節に咲くアサガオが「牽牛花けんぎゅうか」と呼ばれたことから、江戸時代には織姫と彦星の再会と重ね合わされ、アサガオの開花が吉兆とされたといいます。アサガオは基本的に咲いて一日で枯れる「一日花」ですから天の川伝説になぞらえられるのも頷けます。儚いものに強く惹かれるのは日本人の性でしょうか。これには仏教の教えも関係しています。

仏教には“ものごとは常に一瞬一瞬移り変わっている”という諸行無常の教えがあり、私たちはそれを念頭に置かなければならないと説かれます。つまり“今この時”を大事にするという教えです。

宗祖一遍上人も「ただ今の念仏の外に臨終の念仏なし」と説かれています。臨終とは亡くなる瞬間のことで、その反対の日常は平生といいます。一遍上人は、臨終で往生したければ、今念仏するがよく、平生の常々を臨終だと思って大切にすることを教えておられます。他の法語でも「生死は生まれてから死ぬまでの一期いちごを指すだけではない。一日一日、一念一念、一息一息、これもまた生死である」と日頃の心構えを示されています。(一日生死とは「朝を生となし、暮を死となす」こと)

ある先輩僧侶が「一日一生。一日を大切にして、またリセットすることが大事だ。」と教えてくださいました。その日その時を大切に日々過ごしたいものです。

合掌

 

・7月限定御朱印(300円)

「槿花一朝(きんかいっちょう)の夢」から。朝顔は一日花なので栄華の儚さにも例えられます。

 

・令和3年7月限定御朱印(天の川・700円)

朝顔の開花は天の川の星伝説と合わさり、「花が開けば織姫と彦星が再開できた証し」とも言われたそうです。
「一日一生」という言葉には「1日1日を大切に過ごす」という意味があります。また一遍上人のお言葉に「朝を生となし、暮を死となす」とあります。

 

令和3年7月限定御朱印(七夕、柄付き和紙、見開き書置き800円)

当寺開基の宗尊親王の和歌「天の河 いつかと待ちし 七夕の 行き逢ひ今日に なりにけるかな」
(天の川よ、いつかいつかと待った七夕であるが、ようやく両星が出逢う今日になったのだな)

写経奉納限定御朱印(500円・月替わり7月)

カブトムシとクワガタが気になる猫&桔梗

 

【次回の写経会開催予定:7月24日(土)午後2時より】(京都府が緊急事態宣言中であれば写経会は中止いたします)

*写経会の詳細は こちらから

 

 

>「京都時宗道場御朱印巡り」

 


年間行事予定(令和3年)

・通年…京都時宗寺院御朱印めぐり(令和2年10月より)

・毎月第4土曜日14時~17時写経会(令和2年7月より)

・日時未定…総代会

・3月22日14時…春季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

9月22日14時…秋季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

6月のお便り(令和3年)

【今月の掲示板】

 

“花のことは花にとえ”

今年は記録的な早い梅雨入りとなりました。平年より20日ほど早いということですが、明けるのも7月上旬と、早い梅雨明けが予想されているようです。毎年様々な異常気象が現れますが、近年は豪雨災害が顕著となっておりますので、河川の近くや山間にお住まいの方はくれぐれもご注意いただければと思います。

さて、気象現象は様々ありますが、現代のような科学技術をもたない頃はさぞかし不思議な事ばかりだったのではないでしょうか。そのような不思議な現象は宗教的に解釈されることも多くありました。宗祖一遍上人の時代、中世の頃には空にたなびく「紫雲しうん(彩雲)」や「空から降る花、音楽」が吉兆としてみなされ、特に念仏者の臨終の際に現れる紫雲や天からの花や音楽は“極楽往生できた”というあかしであると一般に考えられていたようです。

一遍上人の生涯を描いた『一遍聖絵いっぺんひじりえ』には次のようなエピソードが残っています。

片瀬の浜の地蔵堂(現、神奈川県藤沢市)にて念仏修行をしておられた頃、出家在家を問わず多くの人々が集まってきたそうです。その時、紫の雲が立ちのぼり、空から花が降り始めたといいます。そのような奇瑞が度々起こるので、一人が不思議に思い一遍上人に尋ねたところ、

「花のことは花にとへ。紫雲のことは紫雲にとへ。一遍はしらず。(花のことは花にきなさい。紫雲のことは紫雲に訊きなさい。一遍は知らない。)」とおっしゃったのです。続けて、

「花がいろ 月がひかりと ながむれば    こころはものを 思はざりけり」 (花には花の色があり、月には月の光がある。ただそれだけのことであると眺めていれば、心には執着が起こらない) と詠まれました。

いかにもサッパリとしたお答えではないでしょうか。前回のお便りで紹介したように、全ての自然は念仏のあらわれであり、紫雲や花もあるべきようにあるのだと一遍上人は説かれているのです。同時に、一遍上人が勧められた念仏の教えが奇瑞を呼ぶ奇跡じみたものではないということも分かります。

実はこのエピソードは一遍上人の臨終にまで繋がっています。臨終が近づいた頃に紫雲が立っているのを弟子がお伝えした時、上人は「では今日明日の臨終はないであろう。わたしの最期にはそのような奇瑞は出ないはずだ」「ものの道理が分からなければ天魔の心を持ってしまい、真の仏法を信じることができない(奇瑞を妄信してしまう)。大切なのは“南無阿弥陀仏”だけである」とおっしゃり、果たしてその通り、その後は臨終まで奇瑞はなかったということです。まさに身心を自然に任せて、はからいを持たないお念仏を貫かれた一遍上人の姿勢がうかがえます。

合掌

令和3年6月限定御朱印(300円)

 

令和3年6月限定御朱印(見開き700円)紫雲と紫陽花

 

令和3年6月限定御朱印(月とホタルブクロ、薄紫和紙、見開き書置き800円)

 

写経奉納限定御朱印(500円・月替わり6月) カエルとホタルブクロ

【次回の写経会開催予定:6月26日(土)午後2時より】(京都府が緊急事態宣言中であれば写経会は中止いたします)

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年間行事予定(令和3年)

・通年…京都時宗寺院御朱印めぐり(令和2年10月より)

・毎月第4土曜日14時~17時写経会(令和2年7月より)

・日時未定…総代会

・3月22日14時…春季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

9月22日14時…秋季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

5月のお便り(令和3年)

【今月の掲示板】

 

風の音、浪の音

先月25日、3度目となる京都府への緊急事態宣言が出されました。当寺におきましては、御朱印の直書き日設定を中止し、月参りや法要の感染予防対策の再確認をいたします。皆様もどうぞご健康にお気をつけてお過ごしください。私もそうですが、外出を控えるとどうしても体がなまってしまうという方も多いのではないでしょうか。せっかく気候の良い時期ですから、人混みを避けて散歩に行くというのも一つの手かと思います。若葉の香り、気持ちの良い風がまさに「薫風」の趣です。

さて一遍上人の法語の中に「よろづ生きとしいけるもの、山河草木、ふく風たつ浪の音までも、念仏ならずといふことなし。(命あるもの、山河や草木はもちろんのこと、風の音、波の音も全てが念仏である)」というお言葉が出てきます。これは念仏の安心あんじん(信心のあり方)について尋ねられた時の返答の一文で、その前部分では智慧と愚痴、善と悪、地獄と極楽といった一見対立する「境界(区分)」を一切“捨てる”ことを説かれます。これらの境界線を作っているのは執着しゅうぢゃく我執がしゅう(自らのとらわれ、思い込み)であり、これを捨てる、つまり自らの計らいを止めて無心で阿弥陀仏に帰依する心が重要であると説かれました。時宗ではこれを「無安心の安心」とも呼びます。

「執着」というのは誰しもが持っているものでありましょう。“私は真面目で欲も少なく、執着心もない”と思っている人ほど要注意かもしれません。次のようなエピソードがあります。

あるところに二人の旅の僧がいました。二人が山の中で川にさしかかったとき、一人の女性が困り果てていました。見ると前日の雨で川が増水し、女性の力では簡単に渡れそうもありません。一人の僧は「よし、私が背負って川を渡してやろう」と言い出しますが、もう一人の僧は「何を言っているのか。私たちは修行の身で女性の体に触れることは許されていない。かわいそうだが助けられない。」と制止します。それでも「いいから助けてやろう」と一人で女性のもとに歩み寄りました。そしてそのまま女性を背負い、無事に川を渡り終わると何事もなかったかのように旅を続けました。もう一人の僧はその後を追いますが、道中も「戒を破るとは何ということだ」という悶々とした気持ちがぬぐえません。長い道のりを黙って過ごしますが、やはり一言言わなくてはと口を開きます。「先ほどの女性を背負ったのは正しいことなのか。掟破りではないのか」と言うと、女性を助けた僧はこう返しました。「あぁ、君も案外と助平だね。僕はあの女性のことなんか道中すっかり忘れていたけど、君はずっと彼女を背負ったままだったんだね」と。

お分かりの通り、女性を助けた僧は本当の意味で「とらわれの心」を持たない傑僧だったのです。この僧や一遍上人のようにとらわれの心をなくせば「山河草木、風の音、浪の音が全て念仏」と聞こえる至高の境地に至れるのでしょうか。

合掌

令和3年5月限定御朱印(片面300円)

 

令和3年5月限定御朱印(見開き700円)

 

令和3年5月限定御朱印(黄緑和紙、見開き書置き800円)

 

写経奉納限定御朱印(500円・月替わり5月)

【次回の写経会開催予定:5月22日午後2時より】(京都府が緊急事態宣言中であれば写経会は中止いたします)

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年間行事予定(令和3年)

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・日時未定…総代会

・3月22日14時…春季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

9月22日14時…秋季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

4月のお便り(令和3年)

【今月の掲示板】

「4月 83号 天上天下唯我独尊」(PDF)

天上天下唯我独尊てんじょうてんげゆいがどくそん

今年は2月、3月の平均気温が高かったこともあってか桜の開花が早かったようです。桜の開花には春の温かい気温だけでなく、秋冬の厳しい寒さも必要だそうです。私たちもコロナ禍で厳しい時勢を過ごしておりますが、終息を信じ乗り越えていきたいものです。

さて4月8日はお釈迦様の生誕を祝う「灌仏会(かんぶつえ)」の日です。龍王が産湯として甘露の雨をそそいだこと(灌頂かんじょうの儀式)にちなんでこのような名称があり、他にも「降誕会(ごうたんえ)」「仏生会(ぶっしょうえ)」などの名があります。また日本では桜の時期ということや、誕生の時にアショーカ(無憂樹)の花が一斉に咲き乱れたという伝承から「花まつり」という呼び方が広まっています。一般的にお寺では「誕生仏」という小さいお釈迦様の像に甘茶をかけてお祝いをします。福田寺でも花でお飾りした「誕生仏」を8日にお祀りしますのでどうぞご参詣いただければと思います。

お釈迦様は生まれてすぐに七歩歩み「天上天下唯我独尊」と宣言されたという伝説があります。この「七歩の歩み」については去年のお便りで“お釈迦様が六道輪廻の苦しみを超越する存在であることを表している”と解説させていただきました。では「天上天下唯我独尊」とはどのような意味でしょうか。

「七歩の歩み」と同様にこれらの表現の裏には意図があるかと思います。生まれたばかりの赤ちゃんが歩いて言葉を発するのは現実的ではないからです。だからといってただお釈迦様を神格化するためだけの空想というのでは味わいがありません。

「天上天下唯我独尊」の宣言をそのまま読めば“この世において、私が唯一の尊い存在である”という意味になります。特に「唯我独尊」の部分は辞書でも傲慢やうぬぼれといった意味で用いられることがありますが、もちろん誤った使い方です。お釈迦様の生涯はもとより数多くの伝承で彩られています。それは伝記を作成した人々が崇敬の念をもってお釈迦様を後世に伝えているからに他なりません。南方系の経典にはこの宣言の後に「これが最後の生まれ変わりである」とあります。つまり伝記の作者はお釈迦様が「仏陀(さとりを開いた人)」となり輪廻転生の苦しみから解脱されたことへの感動、崇敬をこの誕生の宣言に託しているのです。

また原意からは外れますが「唯我独尊」の“我”をお釈迦様ではなく一人一人の人間だと考える読み替えもあります。人間の絶対的な尊厳を表す言葉としてとらえるのです。「誰かと比べる必要はない。この世にあなたはただ一人、何も持たずとも尊いのである」というメッセージは現代の私たちに大切な気付きを与えてくれるのではないでしょうか。

ふと時宗月訓カレンダーを見ると、4月の言葉は「あなたはあなたであればいい」でした。

合掌

令和3年4月限定御朱印(見開き)

 

令和3年4月限定御朱印

 

写経奉納限定御朱印(月替わり4月)

【次回の写経会開催予定:4月24日午後2時より】(京都府が緊急事態宣言中であれば写経会は中止いたします)

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年間行事予定(令和3年)

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・日時未定…総代会

・3月22日14時…春季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

9月22日14時…秋季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

3月のお便り(令和3年)

【今月の掲示板】

 

俱会一処くえいっしょ

今年の春のお彼岸は17日~23日までの期間です。22日午後2時より恒例の彼岸施餓鬼法要を厳修いたしますのでどうぞご参加ください。

「彼岸」とは「さとりの世界・安らぎの世界」という意味で浄土を表します。お釈迦様の説かれた仏教の実践を通して迷いの世界から安らぎの世界へと至ることを目指します。また、ちょうど春分・秋分の時期に太陽が真西に沈むことから西方極楽浄土に思いをはせ、そこにおられる亡き方々、ご先祖様を供養する日ともされます。

極楽浄土の教主は阿弥陀仏です。「阿弥陀」とはサンスクリット語の「アミターバ(量りしれない光)」「アミターユス(量りしれない寿命)」という語からきています。極楽浄土に往生するということはこの量りしれないみ光、命に包まれるということです。しかも「南無阿弥陀仏」と阿弥陀様へ呼びかければ必ず往生を約束してくださるありがたい仏様です。

さて、阿弥陀仏と極楽浄土について書かれている経典『阿弥陀経』には「倶会一処くえいっしょ」という言葉が出てきます。お念仏を唱えれば、この世で別れた人とも必ずともに一つのところ、すなわち浄土にて再び会うことができるという教えです。亡くなられた方に会いたいという気持ちは誰しもが抱くものかと思います。つい「もっと話しておけば、今話せたら……、でもどうすることもできない」と気が沈むこともあるかと思います。“どうすることもできない”と考えればそれまでですが、“亡き人のためにお祈りすることができる、再会を願ってお念仏を唱えることができる”、と前向きに思う人を阿弥陀様は力強く支えてくださるのではないでしょうか。私も先代の祖父を追慕するたびにこの「倶会一処」という言葉を思い出し、浄土で胸を張って再会し良い報告をするために精一杯努めようという思いになります。

一遍上人は法語の中で極楽浄土について次のような内容を語られています――『観無量寿経かんむりょうじゅきょう』には 「ここを去ること遠からず(去此不遠)」とあり、浄土教の祖師・善導大師は「西方さいほう遠しということなかれ、ただ十念の心をもちいよ」と説かれている。つまり西方浄土が私たちの心から遠く離れた存在ではなく、名号を唱えればたちまちこの現世も浄土になるということである。――

自らの極楽往生、そして亡き方々との再会、ともに叶えてくださる「南無阿弥陀仏」のお名号が切に有難く思われます。

合掌

 

【次回の写経会開催予定:3月27日午後2時より】(京都府が緊急事態宣言中であれば写経会は中止いたします)

*写経会の詳細は こちらから

3月限定御朱印(300円)

写経奉納限定御朱印(月替わり3月)

>「京都時宗道場御朱印巡り」

 


年間行事予定(令和3年)

・通年…京都時宗寺院御朱印めぐり(令和2年10月より)

・毎月第4土曜日14時~17時写経会(令和2年7月より)

・日時未定…総代会

・3月22日14時…春季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

9月22日14時…秋季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

2月のお便り(令和3年)

【今月の掲示板】

「闇深ければ 光もまた強し」詩人・坂村真民のことば

 

“古代インドの共和国”

先月14日より京都にも緊急事態宣言が出されました。不急の外出を招かないように当寺でも御朱印授与の停止、写経会の中止という対応をいたしました。ここで一人一人が改めて感染防止を強く意識することが重要だと思います。

さて2月15日はお釈迦様の入滅を偲ぶ「涅槃会ねはんえ」の日です。涅槃とは煩悩を滅した状態のことを言い、似た言葉に菩提(さとり)や解脱という言葉があります。すでにさとりを開かれていたお釈迦様ではありますが、肉体を無くしさらなる安楽の境地へと入られたのです。「寂滅じゃくめつをもって楽となす(煩悩を滅し、心を静寂にした境地こそ最上の安楽である)」という経典の言葉もあり、仏教徒の目指すべき目標であるとされました。

お釈迦様が入滅したのはクシナガラという地でしたが、この場所に至るまでに実は約350kmの遊行(ゆぎょう)の旅を経られていました。この時の年齢は80歳、すべて徒歩での旅路で、様々な都市を経由しながら人々に法を説かれたといいます。もちろんお釈迦様は自身の死期を悟り、最後の旅と覚悟しておられました。道中の詳細は『大般涅槃経』という経典にまとめられているのですが、次のようなエピソードが残っています。

当時の大国の一つであるマガダ国は隣接するヴァッジ国を侵略しようとしていました。そこでマガダ国王はお釈迦様に意見を聞こうと大臣を向かわせました。お釈迦様は弟子との問答を通して、ヴァッジ国が次の7つの項目(七不退法)を守っている間は、かの国は繁栄し侵略は不可能であると説かれました。

①住民がよく会議を開き多くの人が参加している

②共同して事にあたり義務を果たす

③旧来の法律を遵守し行動する

④年長者を敬いよく話を聴く

⑤女性、子供を思いやる

⑥聖域を大切にして供物を備える

⑦尊敬される修行者(阿羅漢)を支持し、守る

実はヴァッジ国はいくつもの民族により構成される連合国家で、部族代表により合議が行われる共和制が敷かれていました。そして上記の7項目をよく守り大変繁栄していたようです。大臣は暗に侵略をいさめられたことを国王に報告し、戦争は回避されました。また、お釈迦様はこの7種の項目を仏教教団にも応用して、同様の七法を定められました。

約2500年前の古代インドのお話ではありますが、ルールだけではなく道徳や思いやり、礼節、信仰など、現代の私たちこそ学ぶべきものが多いのではないでしょうか。

合掌

 

【次回の写経会開催予定:2月27日午後2時より】(京都府が緊急事態宣言中であれば写経会は中止いたします)

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令和3年2月限定御朱印

2月の御朱印は「釈迦涅槃図」をモチーフにしています。実際の涅槃図では宝台に横たわったお釈迦様が弟子や動物らに囲まれる様子が描かれています。満月はお釈迦様が大涅槃に入り、少しも欠けることのない存在となられたことを表します。沙羅双樹は茂った木と枯れた木が2種描かれ、沙羅の木がお釈迦様の死を悼み枯れてしまったともいわれます。また2種は、色褪せないお釈迦様の真理と諸行無常を表すとされます。「寂滅をもって楽となす(寂滅為楽)」とは「寂滅の境地(涅槃)は真の安楽である」という意の仏教語です。

写経奉納限定御朱印(月替わり2月)

 

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年間行事予定(令和3年)

・通年…京都時宗寺院御朱印めぐり(令和2年10月より)

・毎月第4土曜日14時~17時写経会(令和2年7月より)

・日時未定…総代会

・3月22日14時…春季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

9月22日14時…秋季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)