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7月のお便り(令和2年)

今月の言葉

舎利弗しゃりほつの仏の光明は無量にして十方の国を照らすに、障碍しょうげする所無し。是の故に号して阿弥陀と為す。」

〈【意訳】(お釈迦様が阿弥陀仏の説明をして)舎利弗よ、かの仏の光明は無量であり、十方の国を照らすに障害となるものはない。それ故にかの仏の名を阿弥陀(サンスクリット語のアミターバの漢訳。無量の光を意味する)という。〉

「福田寺だより」7月 74号(PDF)

 

“智慧第一の舎利弗しゃりほつ尊者”

気温、湿度共に高くなって参りました。今年はマスク必須の夏を迎えそうですが、熱中症には十分ご注意ください。

今月はお釈迦様の十大弟子の一人、舎利弗(シャーリプトラ)尊者をご紹介させていただきます。十大弟子とはお釈迦様の弟子たちの中で主要な10人を指します。その中でも舎利弗尊者は、筆頭の存在で、同期入門の目連もくれん尊者と並び二大弟子とも言われます。
十大弟子にはそれぞれ特に優れた一面から「〇〇第一」という尊称がつけられており、舎利弗尊者は「智慧第一」と称されました。先月のお便りでも申し上げましたが、この「智慧」とは知識のことではなく、物事の道理や特性を見抜く力のことを言います。

実は舎利弗尊者は、お釈迦様と出会うまでは目連尊者と共にサンジャヤという人物の高弟でした。お釈迦様の弟子から教えを聞き、すぐに250人の修行者を連れて入門しました。まもなく覚りを開くと教団の指導的役割を担ったといいます。仏教ではお釈迦様と同様に覚りを開いた人を阿羅漢あらかんと呼びます。

さて、舎利弗尊者を知らなかったという方もおられると思いますが、実は多くの方がお名前を耳にしているはずです。様々な経典の中で、仏様との対話相手として智慧の優れた舎利弗尊者が登場するからです。
例えば、『阿弥陀経』には、短いお経の中に「舎利弗よ」という呼びかけが36回も出てきます。
また、『般若心経』の冒頭に出てくる「舎利子しゃりし」という語も舎利弗尊者のことです(インドの言葉を翻訳するときに、訳者によって違う漢字があてられることも多くあります)。

ところで、お釈迦様の後継者とも目されていた舎利弗尊者ですが、それを果たすことはありませんでした。晩年に重い病気を抱えていた舎利弗尊者はお釈迦様にいとまごいし、数十年ぶりに母の元へ帰郷しました。そこで母に仏教を説くと大いに喜ばれましたが、にわかに体調を崩し、母に見守られながら息を引き取りました。
お釈迦様の悲しみは大変深いものでしたが、他の弟子に対して、“この世に変化しないものはない”という「無常」の真理を覚ること、悲しみを乗り越えて自らの歩みを止めないことを説かれました。

合掌

 

~写経会のご案内~

*新型ウイルスの影響で開催を見合わせていましたが7月から開始させていただきます。

開催日 : 毎月 第4土曜日(7月25日、予約不要)

時 間 : 午後2時~5時(お勤めを2時から行いますが、時間内にいつ来ていただいても構いません。解散は各々自由です。)

持ち物 : 小筆(購入も可能です・貸出用もあります)

志納金 : 1,000円

*詳細はお問合せ下さい

 

年間行事予定

・1月12日…総代会

・2月15日14時…🈠フラワーアレンジメント教室

【参加費1,000円、申込締切1/31、持物/花切はさみ(あれば)】

・3月22日14時…春季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

・第4土曜日14時~17時…写経会(令和2年7月より)

4月頃~…京都時宗寺院御朱印めぐり *開始延期

9月22日14時…秋季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

6月のお便り(令和2年)

今月の言葉

しりてしらざれ、かえり愚痴ぐちなれ」

〈(意訳)知識を得ても知識にこだわらず、知恵がついてもおごり高ぶることがないようにしなさい。〉

「福田寺だより」6月 73号(PDF)

 

“知恵と智恵”

緊急事態宣言が全面解除され、少しずつですが日常を取り戻しつつあります。しかしながら油断大敵です。外出の際はこれまで通り、手洗い、うがい、消毒などの徹底を心掛けたいものです。

コロナ禍において多くの人々が苦しめられています。かつてお釈迦様はこの世を「一切皆苦」と表されました。この苦というものは、新型ウイルスによって突然もたらされたのではなく、何気ない日常に潜み、隙あらば私たちに襲い掛かるのです。苦の代表ともいえるものが「生・老・病・死」で四苦と呼ばれます。生を繋ぎながら死に向かう、その道々で苦に出会います。お釈迦様はまずこの四苦を克服することを願い修行を始められたといいます。

誰しもに平等にやってくるこの苦には原因があります。それは、“求めても自分の思い通りにならない”ことです。四苦だけでなくありとあらゆる苦しみに当てはまります。「なぜ欲しいものが手に入らないのか」「どうして自分だけがこんな目に合うのか」、自分や自分の所有物に固執するとこのように考えてしまいがちです。さらに、弱っているときほど周りが順風満帆に見えて、さらに苦しむという悪循環を起こしてしまいます。どのように苦と向き合えばいいのでしょうか。

私たちは生きる中で言葉と共に多くの知識を得ます。これは実生活では大変役に立ちますが、多くの知識を得て自分の中の常識ができてくると、「〇〇はこういうものだ」、「〇〇はこうすべきだ」といったように、それらに縛られてしまうことがあります。ここにこだわりが生まれ、思い通りにならず苦の原因となるのです。だからこそ仏教では非常識こそが大事なのではないかと思います。なにも顰蹙ひんしゅくを買うような言動をすべきというのではなく、ものごとの両面を考えるということです。常識が表とすれば、非常識は裏、表裏一体ですからどちらも大事です。総本山の他阿真円上人は100歳であられますが、「もう90歳ではない、まだ90歳だ」とよく仰っていました。

かつて伊予国(愛媛県)に仏阿弥陀仏という尼僧がおられました。この尼僧は、習わずとも仏法の要点を自然と語ることができ、常の心得として「しりてしらざれ、かえりて愚痴なれ」と言われたそうです。宗祖一遍上人はこの姿勢を「浄土教の教えにかなっている」と仰いました。まさに“知恵”(知識から来る心)を超えた“智恵”(ものごとをありのままに観る心)ではないかと思います。常に心に留めておきたいものです。

合掌

 

年間行事予定

・1月12日…総代会

・2月15日14時…🈠フラワーアレンジメント教室

【参加費1,000円、申込締切1/31、持物/花切はさみ(あれば)】

・3月22日14時…春季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

・第4土曜日14時~17時写経会(令和2年4月より*未定

4月頃~…京都時宗寺院御朱印めぐり *開始延期

9月22日14時…秋季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)