タグ: お釈迦様

7月のお便り

 

“祇園の守護神”

記録的な梅雨入りの遅れ、令和初の台風というニュースがあり、今後の気象予報も気になるところです。

さて、これからの季節はお祭り、京都では特に祇園祭の季節というイメージが強いのではない でしょうか。祇園祭は八坂神社の祭礼として知られ、9世紀より続く日本を代表するお祭りです。 祇園という名称はもともと神仏習合の時代に八坂神社が祇園社と呼ばれていたことによります。もっとも 、7 世紀の創建より、明治の神仏分離までの長きにわたり、仏教の守護神である牛頭天王を祀っていたことは特筆すべきことかと思います。牛頭天王が守護する場所が祇園精舎だったので、八坂神社は祇園社と呼ばれていたというわけです。現在中心としてお祀りされているのは素戔嗚尊(スサノオノミコト)ですが、実は日本では古来、牛頭天王と素戔嗚尊は同神であると考
えられていました。
この祇園精舎は『平家物語』の冒頭に出てくる言葉としてご存知ではないでしょうか。

“祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。・・・”

正式名称は「祇樹給孤独園精舎」といい、お釈迦様在世の頃、インドに実際に存在しました。 精舎とは寺院の原形のようなもので、お釈迦様をはじめとする修行僧が雨季などに籠る道場とし て使用されました。お釈迦様はインドの大地を歩き回って教えを説かれたことは知られています が、雨季に多く現れる虫や植物を間違って踏み殺すことがないように、この期間だけは建物内で修行するということがありました。これを「雨安居」と呼びます。
「祇樹給孤独園精舎」の名前の由来は、「ジェータ(祇陀)太子」と「スダッタ」という 2 人の人物です。スダッタは身寄りのない人々に施しをする長者という意味で「給孤独の長者」と呼 ばれていました。ある時、スダッタはお釈迦様の教団の雨安居に必要な精舎を寄進するために、 ジェータ太子の所有する土地を譲ってもらおうと願い出ました。しかし、ジェータ太子は譲る気 がなかったので、「もし黄金を土地に敷き詰められたら譲ってもよい」と戯れで言いました。す るとスダッタは私財をなげうち、本当に黄金を敷き詰め始めたのです。広大な土地のあとわずかというところで黄金は尽きてしまいますが、熱意に心打たれたジェータ太子は土地を譲り、自ら も樹木を寄進するなど精舎の建設を援助したということです。ついに、この精舎は2人の名前を 冠し、ジェータの樹林(祇樹)と、スダッタ(給孤独長者)の僧園、「祇樹給孤独園精舎」とし てお釈迦様に寄進されました。

現在、インドに当時の祇園精舎の姿はありませんが、歴史公園として保存され、仏塔や僧院なども建築されています。日本にも祇園神社や祇園寺が全国各地にあり、また地名としても祇園の名は多く残っています。
2500年前の精舎建設をめぐる出来事が、遠い日本の祭礼と繋がっていて、今も多くの人々に親しまれていることは何とも不思議なことではないでしょうか。

合掌

 

年間行事予定

・1月13日…総代会

・3月22日14時…春季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

4月13日~6月9日…御遠忌特別展「国宝一遍聖絵と時宗の名宝」(京都国立博物館)

↑当山の御本尊阿弥陀如来像が5月14日~6月9日まで出陳されます!

5月26~28日…総本山団体参拝(京都の時宗寺院合同/ご希望の方に詳細をご案内します)

9月22日14時…秋季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

6月のお便り(本山団参報告)

 

「福田寺だより」令和元年6月第61号(PDFファイル)

 

“二祖真教上人七百年御遠忌記念 本山団体参拝”

若葉の緑が目に染みる季節となりました。すでに5月で真夏日、猛暑日を記録し、今後が恐ろしいところです。

先月末、2泊3日、京都教区寺院合同での総本山遊行寺参拝を無事終えました。

参加したい気持ちは強いが、なかなか実際は難しいとおっしゃる方が多かったので、ここで参拝団の様子をご報告したいと思います。

初日は名古屋の熱田神宮、円福寺を参拝しました。熱田神宮は三種の神器の一つ「草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)」を祀る社として知られています。宝物館には、京都四条道場金蓮寺の4代浄阿上人が熱田神宮の権宮司の所望で納められた『日本書紀』が展示されていました。国の重要文化財であり、神道と時宗との繋がりを示す大変貴重な史料であるとの解説がありました。

 

また円福寺ではご住職と共に、本堂でお勤めをし、ご法話も頂きました。この円福寺には、熱田神宮に千日間社参して伽藍建立を成就させた厳阿上人が、時宗二祖真教上人に感銘を受け、天台宗より時宗に改宗した歴史があります。また、厳阿上人は前述の金蓮寺の3代目浄阿上人となられており、時宗と熱田神宮、真教上人、そして京都の深い関係性に皆様感心しきりでした。そして、焼津市の温泉宿に宿泊し、日頃の疲れを取っていただきました。宴会で親睦を図っていただきつつ、明日に備えました。

2日目はいよいよ本山参拝です。旅路

も順調で、境内に到着すると、樹齢700年の大イチョウがお出迎え。初めて参拝するという方も多く、少し緊張感がありました。まずは「御対面」として、満100歳を迎えられた真円上人にお言葉を頂戴しました。お歳を感じさせない声とお姿に、驚きと感嘆の声が漏れていました。

本堂での法要には特別に20人程の僧侶が出仕し、六時禮讃、居讃といった時宗独特の声明が響きました。また、参拝団諸志の回向に当たっては、それぞれの思いを胸に静かに手を合わ

されている様子がうかがえました。最後には700年以上の伝統をもつ「御賦算」が行われ、真円上人より手ずから一人一人、お札を授かることができました。ご本山にはお出迎えから見送りまで丁重にもてなしていただき、皆様からは感謝と喜びの声が多く聞こえました。

参拝を終え、ほっと一息ということで、湯河原へと足を戻しました。この日の宴席は、お寺や男女の垣根を超えて、交流を深めることができ、本山参拝という一つの目的を果たされた皆様の一体感を感じ取ることができました。私たちも主催側として本当にうれしい時間でした。

時宗二祖真教上人七百年御遠忌を記念して企画された団体参拝ですが、ご参加の皆様はもとより、ご本山を初め、多くの方々のご協力によって、この本山参拝は無事終了しました。バスを降りて帰路に就く皆様の清々しさは、この団参の成功を表していたのかとも思います。

この御遠忌のスローガンは「なむあみだ佛はうれしきか」です。念仏によってご縁を頂いた皆様は、これからも念仏に喜びを頂きながら過ごしていただけるのではないでしょうか。

合掌

 

年間行事予定

・1月13日…総代会

・3月22日14時…春季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

4月13日11時30分…副住職結婚式

4月13日~6月9日…御遠忌特別展「国宝一遍聖絵と時宗の名宝」(京都国立博物館)

↑当山の御本尊阿弥陀如来像が5月14日~6月9日まで出陳されます!

5月26~28日…総本山団体参拝(京都の時宗寺院合同/ご希望の方に詳細をご案内します)

9月22日14時…秋季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

5月のお便り

 

「福田寺だより」令和元年5月第60号(PDFファイル)

 

“今年は2562年?”

いよいよ令和の時代の始まりとなりました。世間の空気感は具体的なものではありませんが、何かを期待する様子ではないでしょうか。それだけ日本には平和の裏に隠れた課題も多いということでしょう。

また「時宗」にとっても令和元年は特別な「二祖真教上人七百年御遠忌」厳修の年でもあります。時宗教団確立の功労者である他阿真教上人のご功績を知ることで、さらに念仏信仰を深めていただければ何よりです。

さて、元号を使う和暦やイエス・キリストの生誕日をもとにした西暦のほかに、「仏暦(仏滅紀元)」があるというのをご存知でしょうか。その名前の通り、仏教としての暦であり、お釈迦様の亡くなられた年を基準に作られています。西暦と違って仏暦が亡くなった年を基準とするのは、仏教では死は忌み嫌うものではなく、“必ずやってくるもの”と捉えるためです。とりわけ、お釈迦様の場合は死をもって完全な涅槃(さとりの世界)に入ったとも考えられています。

お釈迦様の亡くなられた年といっても確定ではなく、さまざまな説があります。仏暦を使用している東南アジアの国でも、ミャンマーやスリランカでは入滅の年を紀元前544年、その年を仏暦元年としているのに対し、タイやカンボジアでは、入滅の翌年、紀元前543年を仏暦元年としています。インドのゼロの概念を考えれば入滅の年が仏暦0年なのでしょうか。日本にも数え年、満年齢という考え方があるので似たようなものなのかとも思います。

インドから東南アジアへ伝わった仏教は南伝仏教といわれ、中国、朝鮮半島、日本へ伝わった北伝仏教とは少し毛色が違います。お釈迦様が亡くなられて約百年後に、教団内で戒律をめぐって軋轢が生じ、保守系の上座部と革新的な大衆部の2つの部派に分かれてしまったからです。これは根本分裂と呼ばれ、簡単に言ってしまえば、南伝(上座部系)と北伝(大衆部系)はその時の2つの流れを汲んでいるといえます。大衆部の起こりは、大乗仏教というさらに大きな革新を生み、中国、日本と思想が開花し、今日に至っています。ちなみに北伝仏教ではお釈迦様の生没年を紀元前566年~紀元前486年や紀元前463年~紀元前383年とする説などがあります。

暦の話に戻ると、日本でも全日本仏教会は1994年に世界的に普及しているタイの仏暦を使用し始めました。ですから、今年2019年は仏暦2562年ということになります。西暦から仏暦の年数変換は簡単で、西暦にプラス543年すればよいだけ。覚えかたは543(こよみ)です。仏教徒として覚えておいて損はないのではないでしょうか。

 合掌

「踊り念仏」

先月28日(日)、京都国立博物館にて講演「時宗の声明と踊躍念仏」が行われました。なんと、整理券配布の2時間前から行列ができ、200名の定員はあっという間に埋まってしまいました。私も、まずそんな事態になるとは思っていなかったので、当日見に来られて、整理券を受け取れなかったお檀家様には大変申し訳ない思いです。「朝日新聞デジタル」に動画が配信されていますのでご覧いただける方はぜひどうぞ。踊りというよりは、能のような静かな足踏みが中心です。一遍上人の和讃と合わせて独特の世界が演出されています。

 

年間行事予定

・1月13日…総代会

・3月22日14時…春季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

4月13日11時30分…副住職結婚式

4月13日~6月9日…御遠忌特別展「国宝一遍聖絵と時宗の名宝」(京都国立博物館)

↑当山の御本尊阿弥陀如来像が5月14日~6月9日まで出陳されます!

5月26~28日…総本山団体参拝(京都の時宗寺院合同/ご希望の方に詳細をご案内します)

9月22日14時…秋季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

4月のお便り

今月の言葉

仏の正覚しょうがく我等凡夫われらぼんぷの為なりき」

二祖 他阿真教上人

 

【解釈:仏様が覚りを開かれたのは、私たちに覚り・救済の道を示すためである】

「福田寺だより」平成31年4月第59号(PDFファイル)

 

“7歩の歩み”

春の彼岸会中、たくさんの方にお参りいただき、誠にありがとうございます。22日の施餓鬼法要も24名の方が本堂に上がられ、ご回向なされました。日常から離れ、静かに仏様と向き合う時間は非常に貴重なものではないでしょうか。

さて4月8日は、お釈迦様の誕生日として広く知られ、行事としては花まつり・降誕会・灌仏会などと呼ばれます。仏伝によると、お釈迦様は生まれてすぐに7歩、歩きだし「天上天下唯我独尊」(この世で最も尊い存在が仏陀である)と宣言されたとあります。ただしこのセリフの方は、後世になってお釈迦様の尊さを表現した仏弟子のセリフが、お釈迦様の言葉として伝わってしまったと見られています。

では7歩の歩みはどうでしょう。生まれたての赤ちゃんが歩くというのは常識的には考えられませんね。だからといって与太話として片付けてはそれまでです。これはあくまでたとえ話と考えてみてください。

まず、仏教の世界観の一つに六道があります。六道とは六界とも言い、6つの世界のことで、地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道を指します。この六道に住む生命は衆生と呼ばれ、私たちは人道に属しているということになります。衆生は生死によってこの六道を輪廻するので、六道輪廻あるいは輪廻転生という言葉が使われます。六道はいずれも苦しみを生む世界ですので、お釈迦様が目指されたのは輪廻からの解脱でした。

「7歩の歩み」に戻りますが、この7は6の一つ上の数ということで、六道から一歩抜け出すことを表現しています。つまりお釈迦様が7歩歩み六道から解脱されたように、私たちも六道をぐるぐると廻らずに、1歩抜け出しなさいと示されているのです。そしてこの六道もまた私たちの心の変化を表していると考えると、お釈迦様の歩みも違った見方になってくるのではないでしょうか。

仏様の教えは言葉だけでは伝わりづらく、また言葉だけで分かったつもりになってはいけないという観点から比喩表現が多く使われます。仏伝やお経を読むときには、その本質を読み取ろうとする姿勢が大事なのでしょう。

 合掌

 

年間行事予定

・1月13日…総代会

・3月22日14時…春季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

4月13日11時30分…副住職結婚式

4月13日~6月9日…御遠忌特別展「国宝一遍聖絵と時宗の名宝」(京都国立博物館)

↑当山の御本尊阿弥陀如来像が5月14日~6月9日まで出陳されます!

5月26~28日…総本山団体参拝(京都の時宗寺院合同/ご希望の方に詳細をご案内します)

9月22日14時…秋季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)