カテゴリー: 忍ぶ心

7月のお便り(令和8年・146号)

~今月の行事~

【写経会:7月25日14時〜】

*写経会の詳細は こちらから

 

【掲示板】

『 星 に な る 』

早いもので、今年も半分が過ぎました。6月は近年では比較的気温も低く、過ごしやすかったように感じますが、気象庁の予測によると、梅雨明け以降は厳しい暑さが8月まで続くそうです。熱中症などには十分ご注意のうえ、お過ごしください。

さて、先月のお便りでは、「雨安居」が、お盆の供養の始まりにあたるというお話を書かせていただきました。実は、七夕にもお盆との関わりがあります。

七夕は、もともと古い日本の禊ぎの行事であり、これに中国の節句や星の伝説、さらに仏教の要素が重なって現在の形になったとされています。7月7日は旧暦ではお盆の直前にあたり、その準備として七夕の行事が営まれるようになりました。天の川も三途の川と結びつけて考えられることがあり、まさに日本ならではの融合文化と言えるでしょう。

織姫(こと座のベガ)と彦星(わし座のアルタイル)が、一年に一度だけ再会を許されるという星の伝説は、あまりにも有名ですね。また、「人は亡くなったらお星さまになるんだよ」と、小さい頃に聞かされたことのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。このような考え方は仏教由来ではありませんが、大切な人を失った悲しみに寄り添う、温かな表現ではないかと思います。夜空を見上げれば、今も変わらず見守ってくれているように感じられます。たとえ会えなくても、その人が残してくれた思い出や言葉、ぬくもりは、今も私たちの心を照らし続けています。

また、現代の天文学では、私たちの体をつくる炭素や酸素、鉄などの元素は、はるか昔、星の内部で生まれたものであり、「私たちは星のかけらからできている」という見方もあるそうです。

さらに、私たちの目に届く星の光は、何年、あるいは何百年、何千年、時には何万年も前に放たれた光です。そのことを思うと、十劫という遠い昔に悟りを開かれた阿弥陀さまの光明が、今この瞬間も私たちを照らし続けてくださっていることと、どこか通じるものを感じます。そして、阿弥陀さまと私たち、過去と現在を結ぶものが、「南無阿弥陀仏」のお名号なのです。

七夕の夜、夜空を見上げながら、星に願いを託すだけでなく、今の自分と過去のご先祖様を結ぶお念仏に思いを寄せ、感謝の念を新たにする機会としていただければと思います。その感謝の心が、まもなく迎えるお盆のご供養へと自然につながっていくのではないでしょうか。

合掌

 

・当月限定御朱印

令和8年7月限定御朱印(星合い・500円・直書き可)

◯片面「星合い」

星合いとは、陰暦の七月七日、彦星と織姫の二つの星が、天の川を渡ってあうこと。

消しゴムはんこは「星型の愛」とかけてます。

 

令和8年7月限定御朱印(歓喜光仏・1000円・直書き可)

◯見開き「歓喜光仏」

令和8年は、阿弥陀仏の別号である「十二光仏」を一尊ずつ順に揮毫いたします。十二光仏とは阿弥陀如来の光明の働きを十二の徳としてあらわした尊称です。

 

宗祖一遍上人は、遊行の旅に携行する最小限の持ち物を「十二道具」と定め、それぞれを阿弥陀如来の功徳になぞらえて示されました。

すなわち、日常で身近な道具を使うときにも、念仏の心、仏徳を思い起こすべしとの教えが込められています。

「南無阿弥陀仏。廻光囲繞して、行者の身を照らすを信ずる心、これ即ち歓喜光仏の徳なり。」

歓喜光仏とは、阿弥陀如来の光が私たちを四方から包み込み、喜びと安らぎを与えてくださる徳をあらわすお名前です。

十二道具の一つに当てられる帯は、衣を整え、身をしっかりと支えるものです。

帯が衣を優しく包み支えるように、阿弥陀如来の光もまた、私たちの身を取り巻き、いつも見守り支えてくださいます。

その光に包まれ、生かされていると信ずる心。それこそが、歓喜光仏の徳にほかなりません。

 

写経奉納限定御朱印(500円・月替わり7月・直書き可)

◯写経奉納限定御朱印

今月の消しゴムハンコは、夏の食べ物/星に願う猫です😸

お写経を納め、阿弥陀様から「みました」の証を頂いてください。(ホームページから写経用紙も印刷できます)

 

来寺限定御朱印(500円・月替わり7月・直書き可)

◯来寺限定御朱印

「ようおまいり」は関西ではお参りした方にお掛けする言葉です。

*授与は直接ご参拝の方に限らせていただきます

 

8月の御朱印をご紹介します

令和8年8月限定御朱印(盛夏・500円・直書き可)

◯片面「盛夏」

「せいか」の季節です。ハンコは暑さに焦げる「いか」とハイビスカスです🌺

 

令和8年8月限定御朱印(智慧光仏・1000円・直書き可)

◯見開き「智恵光仏」

令和8年は、阿弥陀仏の別号である「十二光仏」を一尊ずつ順に揮毫いたします。十二光仏とは阿弥陀如来の光明の働きを十二の徳としてあらわした尊称です。

宗祖一遍上人は、遊行の旅に携行する最小限の持ち物を「十二道具」と定め、それぞれを阿弥陀如来の功徳になぞらえて示されました。すなわち、日常で身近な道具を使うときにも、念仏の心、仏徳を思い起こすべしとの教えが込められています。

 「南無阿弥陀仏。行住坐臥、念念に臨終を信ずる心、これ即ち智慧光仏の徳なり。」

智慧光仏とは、迷いを照らし、真実へと導く阿弥陀如来の智慧の光をあらわすお名前です。その智慧とは、多くの知識を得ることではなく、この命がいつか終わりを迎えることを見つめ、その一瞬一瞬を大切に生きる心であります。

 十二道具の一つに当てられる紙衣(かみこ)は、紙で作られた質素な衣です。丈夫な衣ではなく、破れやすい紙の衣をまとう姿は、この身が永遠ではなく、無常であることを忘れない教えを示しています。

 歩くときも、立つときも、座るときも、眠るときも、いつ人生の終わりを迎えても悔いのないように生きる。その智慧を与えてくださるのが阿弥陀如来の光です。

 日々を大切に生き、念仏とともに歩む心。それこそが、智慧光仏の徳にほかなりません。

 

写経奉納限定御朱印(500円・月替わり8月・直書き可)

◯写経奉納限定御朱印

今月の消しゴムハンコは、大文字焼き/扇風機で涼む猫です😸

お写経を納め、阿弥陀様から「みました」の証を頂いてください。(ホームページから写経用紙も印刷できます)

 

来寺限定御朱印(500円・月替わり8月・直書き可)

◯来寺限定御朱印

「ようおまいり」は関西ではお参りした方にお掛けする言葉です。

*授与は直接ご参拝の方に限らせていただきます

 

・当年限定御朱印

令和8年限定(1000円・慈愛の心)直書き可

◯慈愛の心

慈愛とは、相手の苦しみに寄り添い、幸福や安らぎを願う心です。
この御朱印を通じて、慈愛の心が自分自身、周囲の人にも広がりますよう願っております。

 

令和8年限定(1200円・一路疾駆)書置きのみ

◯一路疾駆

一路疾駆とは、迷うことなく一途に歩み、目標に向かって力強く進む心を表します。
この御朱印を手にする方が、自分の道を信じ、勇気をもって前へ進めますよう願っております。
金の和紙にて授与させていただきます。

 

>「京都時宗道場御朱印巡り」

 


年間行事予定(令和8年)

・通年…京都時宗寺院御朱印めぐり

・毎月第4土曜日14時~17時写経会

・1月11日…総代会

・2月6日~3月16日…涅槃図公開(本堂公開日に限る)

・3月22日14時…春季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

・4月6日14時…花まつり(釈尊降誕会)

・8月…棚経(盆参り)

9月22日14時…秋季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

6月のお便り(令和8年・145号)

~今月の行事~

【写経会:6月27日14時〜】

*写経会の詳細は こちらから

 

【掲示板】

 

雨安居うあんご

梅雨の時期がやってまいりました。皆さま、「雨安居」という言葉をご存じでしょうか。お釈迦さまの時代、僧侶は普段、各地を歩いて修行をしていました(「遊行」といいます)。しかし、雨季になると、三か月の間、一か所に留まり修行を行いました。これを「雨安居」あるいは「夏安居」といいます。インドには日本のような四季はなく、乾期と雨季の二季です。また、雨季はしとしと雨が降るのではなく、バケツをひっくり返したような雨が降るそうです。

この時期、遊行を止め、安居に入るのには大きな理由があります。それは、この雨季には多くの命が芽吹き、草木が育ち、小さな虫や動物も活動が盛んになるからです。僧侶が歩き回れば、知らず知らずのうちに、その命を踏みつけてしまうことがあります。お釈迦様が定められた「不殺生戒」はあらゆる命を慈しみ、大切するという教えです。たとえ小さな虫、植物の芽であっても同じように大切に守ろうとなさったのです。私たちは普段、想像もできないほど多くの「縁」によって生きることができています。道端の草も、小さな虫も、生きている人も、そして亡くなった方も、命のつながりの中にあります。

さて、この雨安居には、実はお盆とも深い関わりがあります。

お釈迦様の弟子であった目連尊者は、亡き母が苦しみの世界にいることを神通力をもって知りました。お釈迦様に指導を仰ぎ、雨安居の終わる最終日7月15日に多くの僧に供養したところ、母親は救われたということです。これが盂蘭盆会(お盆)の供養の始まりです。

考えてみると不思議です。小さな虫を踏まないように過ごした修行の終わりに、ご先祖様を供養する行事が始まるのです。そこには「命の大きさに違いはない」という仏さまのまなざしがあるようにも思われます。私たちは人間関係の中で、つい命にも優先順位をつけてしまいます。大切な人、そうでもない人。目につく命、目につかない命。しかし仏教は、すべての命が互いに支え合っていると教えています。

当山でもお盆には「施餓鬼」のお経をお読みします。自分のご先祖様を偲ぶだけでなく、餓鬼道のような不遇な環境にある精霊や、「三界萬霊」というあらゆる精霊にも供養の心を捧げるのです。

そのように考えると、梅雨入りから「お盆」はもう始まっているのかもしれませんね。

合掌

 

・当月限定御朱印

令和8年6月限定御朱印(長雨・500円・直書き可)

◯片面「長雨(ながあめ)」

梅雨の時期。和歌の世界では、長雨は「眺め」と掛けられたそうです。風流ですね。私は「長い飴」と掛けちゃいまいました…。

 

令和8年6月限定御朱印(清浄光仏・1000円・直書き可)

◯見開き「清浄光仏」

令和8年は、阿弥陀仏の別号である「十二光仏」を一尊ずつ順に揮毫いたします。十二光仏とは阿弥陀如来の光明の働きを十二の徳としてあらわした尊称です。

宗祖一遍上人は、遊行の旅に携行する最小限の持ち物を「十二道具」と定め、それぞれを阿弥陀如来の功徳になぞらえて示されました。

すなわち、日常で身近な道具を使うときにも、念仏の心、仏徳を思い起こすべしとの教えが込められています。

「南無阿弥陀仏。一たび弥陀を念ずれば即ち即ち多罪を滅するを信ずる心 、これ即ち清浄光仏の徳なり。」

清浄光仏とは、あらゆる罪を除き、清らかに照らす阿弥陀如来の光をあらわす尊称です。 私たちは知らず知らずのうちに過ちを重ね、心を曇らせてしまいますが、阿弥陀如来の光は、そのような私たちを見捨てることなく照らし続けてくださいます。

十二道具の一つに当てられる手巾(しゅきん)は、汗や汚れをぬぐうための布です。
手巾が身の汚れをぬぐうように、「南無阿弥陀仏」の名号は、私たちの罪や迷いを洗い清め、安らぎへと導いてくださいます。

一たび念仏申せば、罪障は滅される。
その働きを信ずる心こそが、清浄光仏の徳にほかなりません。

 

写経奉納限定御朱印(500円・月替わり6月・直書き可)

◯写経奉納限定御朱印

今月の消しゴムハンコは、サクランボとカタツムリ/長靴に入った猫です😸

お写経を納め、阿弥陀様から「みました」の証を頂いてください。(ホームページから写経用紙も印刷できます)

 

来寺限定御朱印(500円・月替わり6月・直書き可)

◯来寺限定御朱印

「ようおまいり」は関西ではお参りした方にお掛けする言葉です。

*授与は直接ご参拝の方に限らせていただきます

 

・当年限定御朱印

令和8年限定(1000円・慈愛の心)直書き可

◯慈愛の心

慈愛とは、相手の苦しみに寄り添い、幸福や安らぎを願う心です。
この御朱印を通じて、慈愛の心が自分自身、周囲の人にも広がりますよう願っております。

 

令和8年限定(1200円・一路疾駆)書置きのみ

◯一路疾駆

一路疾駆とは、迷うことなく一途に歩み、目標に向かって力強く進む心を表します。
この御朱印を手にする方が、自分の道を信じ、勇気をもって前へ進めますよう願っております。
金の和紙にて授与させていただきます。

 

>「京都時宗道場御朱印巡り」

 


年間行事予定(令和8年)

・通年…京都時宗寺院御朱印めぐり

・毎月第4土曜日14時~17時写経会

・1月11日…総代会

・2月6日~3月16日…涅槃図公開(本堂公開日に限る)

・3月22日14時…春季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

・4月6日14時…花まつり(釈尊降誕会)

・8月…棚経(盆参り)

9月22日14時…秋季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

11月のお便り(令和4年・102号)

 【今月の掲示板】

「怨みは怨みを捨ててこそ息む」釈尊のことば

11月 102号 平安是福

平安是福へいあんこれふく

朝夕がひときわ冷え込むようになってまいりました。寒暖の差が激しいですので体調管理には十分お気を付けください。

さて、今月の御朱印には「平安是福」と書かせていただいております。読んで字のごとく、平和で安穏なることが私たちにとって幸福である、という意味です。今、世界ではロシアのウクライナ侵攻に端を発する戦争が起こっています。他にも紛争地域は数多く存在します。これらには複雑な歴史背景や宗教、政治が絡んでいるのだとは思いますが、感情による部分も大きく、憎む相手を許せないことも争いの長期化につながるのだろうと思います。

お釈迦様の教えが説かれた原始経典には、争いについて次のように示されています。「殺そうと争闘する人々を見よ。武器を執(と)って打とうとしたことから恐怖が生じたのである。(『スッタニパータ』)」、「怨みに報いるのに怨みをもてば、ついに怨みの息(や)むことなし。怨みを捨ててこそ息む。これは永遠の真理である。(『ダンマパダ』)」

まずお釈迦様が否定されているのは武器、つまり暴力です。たとえ争いが起きたとしても暴力を使えば解決の道は遠のきます。また近年はハラスメントがしばしば取り上げられるように、暴言、悪言もまた争いの種です。家庭や職場内でも気を付けたいものです。

そして、憎しみに憎しみで応じればまた新たな憎しみが生まれ、負の連鎖が止まらないとも説かれています。個人であれ国家であれ、自身にとって憎い存在、敵対的な存在は排除したいと考えるでしょう。そこには必ず闘争が起こりますが、歴史を見ても闘争によって幸福がもたらされることはないのです。お釈迦様は“敵対”という考え方自体を捨て、縁でつながる存在として相手を認めることが大事だとおっしゃっているのではないでしょうか。

宗祖一遍上人も弟子たちへの規範を示した「時衆制誡」の中で「もっぱら柔和の面を備えて、瞋恚しんにの相を現すことなかれ。(優しく穏やかな表情で接し、怒りや憎しみの様相を出してはならない)」と説かれています。

個々人がお釈迦様や一遍上人の教えを大切にし、時には自戒しながら正しい道を歩むことが平安への一歩となるのでしょう 合掌

合掌

 

令和4年11月限定御朱印(片袖の弥陀・300円)

当山の御本尊である阿弥陀如来像は、右袖が垂れていないので「片袖の弥陀」とも言われます。

今月は、境内のシュウメイギクをイメージしています。肉厚の花びらが可愛いですよね。

 

令和4年11月限定御朱印(平安是福・800円)

当山の庭の小さな石仏、本堂前の柱の獅子をモチーフにし、平和の祈りを込めています。「平安是福(へいあんこれふく)」は平和と安穏こそが幸福であると言う意味です。「瞋恚(しんに)の相」とは怒りや憎しみの様相をいいます。詳しくは今月の法話をご覧ください。

 

令和4年11月限定御朱印(鹿の声・宗尊親王和歌、柄付き和紙、見開き書置き800円)

「宗尊親王和歌シリーズ」です。親王像の絵は御奉納いただいたものを参考にしています。宗尊親王は当山の開基(創建者)です。史上初の皇族将軍として鎌倉幕府6代将軍に就き、その後更迭されるなど波乱に満ちたご生涯を過ごされました。和歌に非常に長けられ多くの作品を残されました。

「寝ねずこそ 妻恋ひすらし 小倉山 今宵も聞けば さ牡鹿の声」

解釈:寝ずに、妻を恋い慕っているらしい。小倉山で今宵もまた聞いてみると、それは牡鹿の声であった。

 

写経奉納限定御朱印(500円・月替わり11 月)

松ぼっくりと落ち葉で寝る猫です。
お写経を納め、阿弥陀様から「みました」の証を頂いてください。

【11月の写経会は26(土)です】

12月のお写経はお休みとさせていただきます

*写経会の詳細は こちらから

 

 

>「京都時宗道場御朱印巡り」

 


年間行事予定(令和4年)

・通年…京都時宗寺院御朱印めぐり

・毎月第4土曜日14時~17時写経会

・1月9日…総代会

・3月22日14時…春季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

・4月8日…花まつり(釈尊降誕会)

9月22日14時…秋季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

9月のお便り

今月の言葉

「怒りに等しい損失はない」

『法句経』

“智恵あるものに怒りなし”

最近、またしてもメディアを騒がせた高速道路での「あおり運転」。2年前の痛ましい「東名高速夫婦死亡事故」の記憶も新しく、厳罰化等、早急な対策が求められています。

「あおり運転」も含め、暴力沙汰の加害者になりやすい人の特徴としては、ストレス耐性の低さが挙げられるようです。例えば、運転中には当然他の車や信号、歩行者、走行速度、到着時間など気にしなければいけないことも多く、そのストレスへの忍耐力が低いと、怒りを生み出してしまうということです。

お釈迦様は、怒りそのもの自体も損失であるとおっしゃり、また、怒りをぶつけられたときも決して怒り返してはならないと説かれました。

「怒り」に関する次のようなエピソードが残されています。

ある時、異教徒の青年がお釈迦様に向かって罵詈雑言を並べました。お釈迦様は黙って暴言を聞いておられましたが、青年が話し終わると、静かに尋ねられました。

「あなたは、お客を家に招くことがあるか」

青年は答えます。「もちろんだ」

「お客がそのとき、あなたの出した食事を食べなかったらどうするか」

「自分や家族で食べるだろう」

「今あなたが出した罵り、侮辱を私は受け取らなかった。その罵り、侮辱は、誰のものになるのか。自らに返ってくるよりほかないだろう」

さらに偈頌(詩文)で次のように示されました。

“侮辱する人に侮辱を返す人 怒る人に怒りを返す人 喧嘩を売る人の喧嘩を買う人

侮辱はその人のものになる 怒りはその人のものになる  喧嘩もその人のものになる”

お釈迦様のこの言葉で青年は恥じ入り、仏教に帰依するようになったということです。

“売り言葉に買い言葉”とも言いますが、ついつい私たちは何か心外なことを言われると、言い返したくなります。ここに意地やプライドが混じってくると、怒りが怒りを呼び、さらに事態は悪化してしまうことは皆さん経験があるのではないでしょうか。お釈迦様のように相手のどのような態度にも動じず、寛容な心で接するというのは難しいかもしれませんが、相手の喧嘩を買ってしまえば、相手と同じ土俵に立ったことになるというのは肝に銘じておかなければなりませんね。

間もなく迎える秋のお彼岸。お彼岸というのはご先祖様の供養のほかに、仏道修行の期間という意義があります。先ほどのエピソードは「忍辱にんにく」(自らの修行のために耐え忍ぶこと)という仏教の実践に当てはまります。“智恵あるもの”を目指して精進したいものです。

合掌

「福田寺だより」9月 64号

 

年間行事予定

・1月13日…総代会

・3月22日14時…春季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)

4月13日~6月9日…御遠忌特別展「国宝一遍聖絵と時宗の名宝」(京都国立博物館)

↑当山の御本尊阿弥陀如来像が5月14日~6月9日まで出陳されます!

5月26~28日…総本山団体参拝(京都の時宗寺院合同/ご希望の方に詳細をご案内します)

9月22日14時…秋季彼岸施餓鬼法要(加薬ご飯弁当のお振舞いをします)